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サンファン郡を知る

サンファン郡はコントラストに満ち溢れています。太古の昔に起こった大規模な地質活動によって独特の砂漠地帯と山岳地帯そして深い峡谷が形成された、コロラド台地の中心部に位置しています。サンファン郡全体で3,000メートルを超える標高差があります。ラ・サル山の標高は約3,900メートルですが、レイク・パウエルは約900メートルです。標高の違いによって植物相や動物相は大きく異なります。標高の高いところでは1年のうち3か月から4か月にわたって雪が地面を覆いますが、標高の低いところでは7月と8月に気温は40℃近くに達します。標高や気温は植物や動物の生態、あるいは人々の暮らしにそれほど関係ないようにも思えますが、とても重要なのです。山の住人であるヒグマ、クーガー、モルモット、シカ、ヘラジカは、山に生えているヤマナラシ、モミ、ポンデローサ松の森に住んでいる一方で、カモシカとオオツノヒツジは砂漠のサボテンやネズの地帯に住んでいます。行動は標高によって変わります。春、秋、そして冬は砂漠で過ごすには適していますが、秋と夏は山での活動が適します。

サンファン郡の人口も標高によって異なります。1,830メートルのブレンディングや2,130メートルのモンティチェロとラ・サルは、過ごしやすく水も入手しやすい標高の高いところにあります。移民者は砂漠地帯よりも生活を築くのが楽であると気がついていました。ラ・サルはアメリカ先住民以外の人間が初めて入植した地域です。スペインの家畜農家が1800年代に牛の群れを引き連れてきて、一部がラ・サル(山々が雪に覆われると塩の固まりに見えたところからスペイン語で「塩」の意味)に定住しました。カウボーイ達は町を設計したりコミュニティを構築することはせずに、互いに点在しながら牧場を設けて生活していました。現在ラ・サルは依然として牧畜を主体とし、レッド・ランチ社(Redd Ranches)の本社があって「企業の町」として残った数少ない実例のひとつです。標高1,220メートルのブラフは、1880年代にモルモン教会によってユタ南東部に入植した人々による、郡内で最初の白人系コミュニティです。

しばらくの間、ブラフは全米でも裕福な町でしたが、砂漠での生活は困難が多く、現在のブラフはサンファン川沿いの静かな町のひとつでしかありません。砂岩で作られた当時のビクトリア風の家々がブラフではまだ使用されていて、歴史的なウォーキング・ツアーで垣間見ることができます。当時のブラフの世帯の一部が水を入手しやすいモンティチェロに1880年代に移りコミュニティを作りました。標高2,130メートルと高いために冬は厳しい寒さですが、夏は穏やかです。モンティチェロには全米で最大クラスのゴルフコース、ハイドアウト・ゴルフクラブがあります。イーストランドは1920年代に農村として生まれ、かつては郵便局と学校がありました。現在、モンティチェロとイーストランドには農家と牧場主が住んでいます。1800年代に移民が入ったブランディングは、標高が1,830メートルで、他の町に比べて気候はもっとも穏やかです。1905年にグレイソンが町を作り、現在は東ユタ・カレッジのサンファン・キャンパス、エッジ・オブ・シダー州立公園と博物館、および恐竜博物館があります。町の北に形成されている砂岩に名前を由来する標高1,325メートルのメキシカン・ハットは、グッドリッチが川に流れている原油を発見したことにより開かれました。町は採掘者で急速に発展し一時は人口は1,500人を超えたこともあります。現在はサンファン・リバーへの出発点であり、休暇にも適した町となっています。メキシカン・ハットから少し南に下ったサンファン・リバーの対岸にナバホ国があります。ハルチタという小さな村はナバホ族のコミュニティのひとつで、かつてはウラン鉱山があり、州道261号から未舗装道路で5キロほど離れたモキ・ダグウェイ(Moki Dugway)の下のシダー・メサから鉱石を採取していました。US163号線をさらに南西に下ると標高1,600メートルのモニュメント・バレーがありますで。有名なモニュメントバレー・ナバホ族公園で、ジョンフォードがジョンウェインとともに映画史に名前を刻みました。モニュメントバレーは多くのナバホ人の故郷であるとともに、全米から多くの観光客が訪れます。

サンファン郡は先住民が編んだ織物に似ています。最大規模でも人口わずか3,000人余りと小さなコミュニティが織物の縦糸を構成しています。織物の中では縦糸が平行に張られています。それは村々が生まれた順を表しています。多数の細い糸が集まった横糸が縦糸を横切って模様を形作っています。異なる考え方や生い立ちを持つさまざまな家庭が一緒になってコミュニティを作っているからです。このコミュニティは、開拓者精神を持った人々、白人入植者が到着するはるか前からの先住アメリカ人、そして、新たな発想と技術力を備え織物に模様を与えてくれる新しい人々によって構成されています。つまり、サンファン郡を構成している織物は、コミュニティは小規模でも、変化と色彩に富んでいるのです。

人々は小さな町特有の親しみやすさによって町の規模を補っています。隣人や通りを隔てた家族を知っています。犯罪は都市と比べてほとんど起こりません。小さな町で手に入らなければ、もっとも近い大きな町まで車を走らせなければなりませんが、どの経路をとっても景色は美しく、渋滞もありません。一時間のドライブも本当に楽しいのです! もちろん、すべての生活必需品は郡内で手に入ります。食品、医薬品、医療、ガソリンと自動車修理、工具や建具、花屋に土産物屋、および小さいながらも活気あふれる企業が並びます。サービスも利用できます。郡は各町に救急車を配備しているほか、郡とブランディングおよびモンティチェロの両方が警察機能を運営しています。両方の市は消防署があり、それ以外の地域では郡が委託しています。生活は穏やかでのんびりとしてますが、つまり周囲の一帯を楽しみながら健康的でリラックスしたライフスタイルを送ることができるのです。

キャニオン・カントリーでは、ハイキング、バギー、キャンプ、乗馬、クロスカントリースキー、ラフティングなど、さまざまなアウトドアが楽しめます。地理的な変化が大きいため一年を通じて可能です。冬の南部のハイキングは、夏に山をトレッキングするのと同じような楽しさがあります。夏は山でバーベキューをしたり、冬はバギーでトラブルなしに特別なスポットにも行けます。標高の高いところに雪が降ってもクロスカントリースキーで道路やトレイルを見つけることは難しくなく、誰も足を踏み入れていないスロープと白いポプラの木々で囲まれたトレイルが、皆さんを迎え入れてくれます。夏にはトレイルに生えている高くて堂々としたモミの木々が、キャンプに適した涼しい木陰を作り出してくれます。

各コミュニティには、学校や教会、あるいはコミュニティ生活を支援するコミュニティ組織があります。いくつかの地方財団が郡内で活動しチャリティ活動を行っています。サンファン郡は発展中です。さまざまな経験を持つ住民が、幅広くコミュニティの発展に寄与してくれるでしょう。この地域は急激な発展は望んでいませんが、持続的な価値を見出して新たな時代に郡が向かおうとする過程に参加したい人を歓迎します。

そうです、サンファン郡はコントラスト豊かな大地です。アメリカ先住民とカウボーイ、砂漠と山々、農場主と牧場主、古さと新しさ。コロラド台地の中心部でそれぞれが縦糸と横糸を織りなしているのです。
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